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 「行政規則」と法令用語

                 平岡 久


 <出典−法学教室 145号〔有斐閣〕(1992.10)>


 1 行政規則と法令
 行政法学上の概念である「行政規則」とは、行政機関が定立する定めのうち外部的な法的効力をもたないものをおおむね意味する。行政規則はその定立に行政作用に関する法令による授権は不要とされ、それ自体は行政内部的な効力をもつにすぎないため、対外的な行政作用を規律する法令が行政規則に関する規定をもつことは少ない。また、行政規則は行政立法(法規命令)・行政計画・行政指導等との区別が実際には微妙であることもある多様な定めの総称であり、行政規則の全体に対応する法令用語は存在していない。

 2 「訓令又は通達」、「処分基準」等
 
行政規則はその規律内容の違いにより、行政組織(行政機関の設置・編制)に関するものと行政作用に関するものに大別することができる。 国家行政組織法一四条二項(「各大臣、各委員会及び各庁の長官は、その機関の所掌事務について、命令又は示達するため、所管の諸機関および職員に対し、訓令又は通達を発することができる」)にいう「訓令又は通達」は、行政作用を規律内容とする行政規則たる性格をもつものであり、また、この「訓令」や「通達」が行政規則にほぼ対応する代表的な法令用語になっている。もっとも、行政法学上の訓令・通達概念は右条項に即して用いられているわけではない。例えば、訓令と通達を右条項のいう「命令」と「示達」にそれぞれ対応させることなく、下級機関に対する拘束力の有無等とは無関係に訓令のうち文書形式をとるものを通達と称するのが通例である。また、訓令は上級機関がその指揮監督権にもとづいて下級機関の事務処理等を指揮するために発する命令と理解され(法律上「訓令」が用いられている少数例として、行組一四条二項のほか、公証七六条、刑訴二七七条等がある)、機関ではなく「職員」を名宛て人とする命令については訓令ではなく別の概念(職務命令)が用意されている。
 行政作用に関する行政規則には、個別の法令による授権と規律をうけた行政作用に関するものとそうでないものとがあり、前者はさらに、当該法令の解釈を示すもの(解釈基準)と当該法令により行政機関に付与された裁量権の行使に関するもの(裁量基準)等に分けることができる。こうした区別に対応する法令用語があるわけではないが、法律が「通達」による「法令の解釈」に言及している珍しい例として、国通九九条一項がある (「国税不服審判所長は、国税庁長官が発した通達に示されている法令の解釈と異なる解釈により裁決するとき、又は…ときは、あらかじめその意見を国税庁長官に申し出なければならない」)。
 行政作用に関する行政規則はまた、規律内容とする行政の行為類型の差異に応じて、行政処分基準・行政指導基準・行政契約基準等に分けることができる。昨年一二月に第三次臨時行政改革推進審議会が発表した行政手続法要綱案(ジュリスト九九四号六三頁参照)によれば、申請に対する処分について「審査基準」の設定・公表義務、積極的不利益処分について「処分基準」の設定・公表の努力義務、一定範囲の行政指導について「行政指導に関する指針」の設定・公表義務が課されることとされている。「処分基準」等の用語が採用されていることのほか、それ自体は外部的な法的効力をもたない行政規則の一部について、その定立義務や内容の公表義務が法律上定められようとしている点でも、注目されてよいところである。

 3 法的根拠
 
行政法学上、行政機関は行政作用法上の個別的な授権がなくとも行政規則を定立できるとされており、組織規範の一つである先の 国家行政組織法一四条二項も、一定の行政機関が「訓令又は通達」を発するための創設的授権規定ではなく、発令行政機関を例示しての確認的規定であると解されている。そして行政規則は、基本的には法律または条例による立法の授権にもとづいて定立されたものではないことによって、行政立法(法規命令)と区別される。もっとも、 わが国の法令制定実務は行政機関が定立する定めの法的性格にはかなり無頓着なところがあり、法令上の何らかの定めが行政機関に対する立法の授権を意味するか否かが不明確であることもある。「……が定める」 等の法令上の授権規定に対応する政令または省令が制定されないで、通達が発せられている例も実際にはある(例、健保四四条の三第一項 に対応する厚生省保険局長通達、固定資産審査基準(自治大臣告示、行政立法と解される)二章四節一・二にもとづく自治省税務局長通達)。
 行政機関が行政作用に関する行政規則を定立することができる積極的な法的根拠は、上級機関の下級機関に対する指揮監督権の法的根拠と同一であり、行政機関間に上下関係を設定する個々の行政組織に関する法令の規定にある、とも考えられる。一定の行政機関に「指揮監督」権を明示的に認める法律上の規定の例は少なくない(自治体の長についての自治一五四条、機関委任事務にかかる主務大臣 ・知事についての自治一五〇条・行組一五条一項、警察庁長官についての警一六条二項、教育長についての教育行政二〇条一項等)。ただし、行政機関が法律上の自らの権限の行使に関して定める行政規則や個別の法令による授権と規律のない行政作用に関する行政規則をも視野に入れれば、上級機関の指揮監督権のみでは行政作用に関する行政規則の定立のための法的根拠としては十分ではなく、個別の法律による当該行政作用の授権自体、さらには「行政権」あるいは「行政を執行する権能」(憲六五条・九四条)のうちに行政規則定立のための法的根拠を求めることもできるかと思われる (なお、拙稿「訓令・通達」現代行政法大系七巻二〇九頁以下(昭六〇)参照)。

 4 「職務上の命令」
 行政規則は外部的な法的効力をもたないが、行政内部的にはその内容に応じて関係下級機関および公務員を拘束する。上級機関が下級機関に対して発する命令である訓令は当該下級機関を担当する公務員にとっては同時に上司の職務命令であり、国公九八条一項・地公三二条のいう「上司の職務上の命令」の一種として、公務員法制上、部下公務員はこれに原則的に服従しなければならないものとされている (国公九八条一項「職員は、その職務を遂行するについて、法令に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」)。

 5 「基本方針」等
 行政規則という概念の理解の仕方にもかかわるが、行政立法(法規命令)・行政規則・行政計画のいずれにも分類し難い、政策目標・政策方針等を設定する行政活動が増えてきており、その場合に「基準」や「基本方針」等の用語が法令上用いられることがある。例えば、「環境基準」(政府、公害基九条)、公害防止計画の「基本方針」(内閣総理大臣、公害基一九条)、「総量削減基本方針」(内閣総理大臣、水質汚濁四条一項)、「自然環境保全基本方針」(国、自然環境一二条)、「明日香村整備基本方針」(内閣総理大臣、明日香四条一項)、「国有財産の管理及び処分に関する基本方針」(国有財産中央審議会、国財九条の三第一項)等である( その他、瀬戸内海一二条の四第一項の「指定物質削減指導方針」。なお、「方針」または「基本方針」は「計画」中に定めるべき事項とされることもある。都計七条四項、都計一二条の六第二項一号、建基六八条の五第四項、等参照)。
 行政規則と行政指導もまた、明確には区別し難い場合がある。すなわち、自治体の宅地開発指導要綱類のような行政指導基準としての行政規則は、その内容が関係者に提示される場合には直接の行政指導たる性格をも併せてもちうることになる。なお、自治体の自治事務の処理に関して国の行政機関が自治体に対して発する通達類は下級機関に向けられた行政規則であるということはできず、文書形式による行政指導たる性格をもつものである(自治二四五条一項参照―「自治大臣又は都道府県知事は、……ため、普通地方公共団体に対し、適切と認める技術的な助言又は勧告をすることができる」)。

 6 行政内規・行政基準
 
ところで、「行政規則」は元来はドイツ行政法学上の概念(Verwaltungsvorschrift)の訳語であり、それをわが国の行政法学へと導入したものである。一方、わが国の憲法上・法令上の用語としての「規則」は、行政規則を意味していない。すなわち、裁判所による合憲性審査の対象としての「規則」(憲八一条)、請願の対象としての「規則」(憲一六条)、両議院の「規則」(憲五八条)、最高裁判所・下級裁判所の「規則」(憲七七条一項・三項)はいずれも、行政法学上の行政規則であるとはいえない。国の委員会や庁の長官等の「規則」、自治体の長および委員会等の「規則」も同様である(行組一三条、国公一六条等、自治一五条、同一三八条の四第二項、警三八条五項、地公八条四項、教育行政一四条一項等。ただし、行政立法と行政規則の区別の仕方に関係して、行政規則をも部分的には含むとする学説もある)。また、「…施行規則」という名称をもつ行政立法としての省令が少なくないことも、併せて想起されてよい(例えば、学校教育法施行規則・昭和二二年文部省令一一号)。
 右のような憲法上・法令上の「規則」という語の用い方を見ると、憲法上・法令上の「規則」ではあるが行政法学上の「行政規則」ではないというような用語法上の紛らわしさを避けるためにも、行政法学上の概念自体が再検討されてよいように見える。そして、「行政内規」(兼子仁『行政法総論』一一六頁(昭五八))、あるいは行政作用に関する行政規則について「行政基準」(拙稿「訓令・通達」前掲二〇四頁)といった語に変えていくことが考えられるであろう(ただし、兼子・前掲書一一一頁以下の「行政基準設定」は行政立法と「行政内規」を含み、原田尚彦『行政法要論・全訂第二版』八一頁(平一)にいう「行政による基準設定」は行政立法・通達・行政計画をすべて含んでいる)。